自他ともに認める「いい子」だと思う。
こうしなければならない、とか、こうした方がいい、とか。
そんなことばかり考えて生きている。
大人になったら「子」じゃないから、息苦しくなくなると思っていた。
それは私の勘違いだった。
仕事は一所懸命、頑張るもの。
決められたことは、きちんと守ること。
だから、土曜日に出勤しないといけない事実も飲み込まなければならない。
本当はお休みを言い出したかったけれど、先輩が先に申請したから我慢しなければいけない。
ああ、ああ、面倒くさい!
「いい子」のふりをして笑うことが我慢の限界に達したから、酔狂なことをしようと思った。
今回挑戦したのは「エクストリーム出社」。
出社前に温泉や山登りをして、定時を守って出勤するという酔狂かついかしたスポーツだ。
三連休の中日の土曜日ならば、万に一つの事態が起こってもなんとかなるはず。
そんな思考回路がすでに「いい子」を捨てきれていなくて嫌なのだが、ともかく私はやってやることにした。
知らない土地から、会社を目指してやろうじゃないか。
選んだのは、桜井市の長谷。
学生時代に病んで訪れたのが初対面の長谷寺は、いつも人生のピンチを救ってくれるような気がする。
長谷のゲストハウスで開催された、柿の葉寿司を食べ比べるイベントに参加した。
県内かつ家に帰れる時間にイベントは終わるけれど、私はそのままお泊り。
夜更かししてゲストさんと語らう時間に、翌日のことがちらと脳裏をよぎったが、禁を破る快感には抗えなかった。
きん、と冷えた晩秋の夜がふけてゆく。
あたたかい湯たんぽのぬくもりに包まれながら、気が付いたら私はいつしか新しい一日のはじまりにいた。
初瀬の谷には、朝日が届くのがすこし遅い。
長谷寺の勤行に向かうゲストさんと別れて、ひとりで誰もいない薄暗い道を歩いた。
カメラを構えるけれど、あまりの寒さに指がかじかんでシャッターが切れない。
いつもにぎやかな長谷寺への参道は、ひっそりと息を殺している。
普段ならば布団の中でもがいている時間なのに、不思議と私の足取りは軽かった。
美しい光景をたくさん胸に収めて駅へと折り返すとき、参道のある場所に湯気が立ち込めていて。
見れば、そこはおいしい草餅を売っているお店だった。
お米が炊き上がるやさしい香りがする湯気。
ようやく目覚めはじめた町をあとにする、非日常の感覚は痛快だった。
いつもと違う路線の電車に揺られて。
ゆっくりとのぼった朝日が、いつもより少しのんびりとした車内の空気をゆるめていた。
何事も、正しく。
道を、たがえず。
そんなのどうでもいいよって、言われているような気がした。
生まれ持った性格は簡単には変えられないし、実際今も月曜日が怖くてこわくて仕方がないけれど。
またひとつ私に勇気をくれる、冬の奈良の朝を手に入れることができた。
今度はどこからエクストリーム出社をしてみようかな。
寄り道したって、のんびりしたって、間違えたって、道は繋がっているはず。
私にしか見つけられない世界が、きっとあるはずだ。
――ああ、ああ、わくわくするね。
速度を落として、生きていこう。
ゆのじ